【教員ブラック問題の実体験】学校の先生の働き方を見直すべき!

教員から民間企業に転職して1ヶ月半が経ちました。あらゆることが大きく変わりましたが、一番大きく変わったこと「とても健全な生活を送れている」ということです。当たり前の生活を当たり前に送ることができています。

学校現場はブラックすぎました。

もちろん、教員だからこそ味わえるとても幸せなこともあるし、学びも多かったですし、本当に教員やってよかったと思っています。子どもたちと過ごした時間はかけがえのないものだし、彼らの未来に少しでも役立つことができていれば、こんなに嬉しいことはないです。

でも、、、とにかくブラックすぎました。民間企業に入り直して、改めて思いますが、労働者への思いやりが皆無ですね。

何を持って「ブラック」かというのは人によって違うと思いますが、僕の定義「 ブラック = 本人の意志と関係なく、所定の労働時間を大幅に超えて、その人らしい生活をする時間が搾取されること 」として「ブラック」という言葉を使っていきます。

 

ちなみに、中学校教員だったので、土日も部活があり、休みはほとんどなし。とても過酷な生活でした。小学校の先生の話を聞くと、部活はないものの、平日の帰りがものすごく遅いと聞きました。

転職前後の労働時間の変化

教員時代、普段の拘束時間は7:30 – 20:00くらいだったので、12時間くらい。今は 9:00 – 19:00(遅くても20:00)くらいなので大体10時間くらい。もちろん、まだ入社したばかりで、周りの方と比べて、仕事のボリュームが少ないのでもう少し忙しくなると思います。ただ、月間残業時間で言えば、教員時代は土日の部活含め100-120時間、今の会社は40時間といった感じなので、労働時間だけをみたら約1/3に減っています。ちなみに給料はかなり上がりました。

 

今は仕事から帰ってから、本を読んだり、ジョギングしたり、飲みに行ったり、自分のことに時間を使う余裕があります。土日は、勉強したり、出かけたり、趣味の野球をしたりすることができています。久しぶりに人間らしく生きられてるなって感じです。

 

教員時代は、仕事中は休む間もないし、体力勝負の仕事だし、かつ土日がないので心のリフレッシュもできませんでした。

学校の労働時間(というか拘束時間)はとてつもなく長い

僕は中学校教員だったので、土日はほぼなく、20〜30連勤なんてざらにありました。いつか訴えようと思って(笑)、土日の部活の拘束時間を一度記録しましたが、そのときの時給を計算すると330円でした。むしろ、お金を払ってでもいいから、土日は休みたかったです。特に、僕は専門外のスポーツで、副顧問という立場だったのですが、何かあったときの念のための要員として部活には出るものの、やることはほぼない状態で拘束され続けました。これが僕にとってのブラックである所以でした。つまり、「納得のいかない労働条件=専門外のスポーツの部活で土日もフル稼働させられる(というより拘束される)」「自分らしい生活をする時間を与えられない」ということです。

 

たったの二年ですが、よく耐えたなって思います(笑)ちなみに、これは周囲にいる副顧問の先生とお話しすると、大体みなさん共感されていたし、きつそうでした。最近は、部活動ブラック問題が騒がれ、徐々に改善されるのでしょうが、早く改善しないと本当に教員やりたい人がいなくなると思います。僕も今のままではだれにも勧められません。

実際に、広島市で教員不足で授業ができない事象が発生しています。学校現場を一刻も早く、働きたくなる職場にするべきです。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO30448030U8A510C1AC1000/

なぜ労働時間(拘束時間)は長いのか

「マネジメントという概念が学校に皆無だから」に尽きると思っています。具体的には、時間に対するコスト意識や人材をマネジメントする意識が低い。管理職がマネジメントしているものは、文科省からの提出書類の入力、空調の温度、プリンターの費用、生い茂る雑草etc。民間企業だったら、そのほとんどをアウトソースしているものです。時給800円で派遣社員を雇ってやれば良いことを最も給料が高い人たちがやっているのが学校です。

ですので、本来であれば、社員の仕事量の調整、生産性向上、モチベーションの向上、目標設定のために思考を投入して、改善する手立てを打つ人たちが、わけのわからん作業で忙殺されているので、永遠に労働時間が短くなることはありません。

また、学校という組織は、体育科の声が大きい傾向にあり、体育科文化になりやすい、さらには年功序列なので昔ながらの考え方の人たちの立場が強く、特に若手は帰りにくい空気が蔓延しています。労働時間をマネジメントする人もいないので仕方ありません。

この話を学校の先生たちにすると、強く共感してくれるのですが、いつまでたっても変わらないのは、課題を整理し打ち手を考え実行する人がいないからだと思います。というより、そういう役割を期待されているポジションがない(本来は管理職であるはず)からかもしれません。

なので、教育委員会なり文科省なりは、さっさとそういうポジションを作り、かつそのポジションの人たちが期待通り動くように評価をし、子どもたちと教員の学校生活満足度の両方をあげる努力をすべきです。

教員の労働条件

給料面に関しては、教員1年目が約400万円、2年目が約438万円でした。詳細はこちらをご覧ください。世の中の平均から見れば、相対的には悪くはないと思います。ただ、ここまで書いてきたように、拘束時間がとてつもなく長く、自分の時間はほとんどなくなるので、仕事と生活を一体化させ、自分自身の人生にとって、絶対的な意味付けができない限り、労働条件としては悪いと言わざるを得ないと思います。

教員の労働環境が魅力的になってほしい

組織を活性化させるには、ヒトが生き生きと生きられる場所でなければなりません。民間企業は必死に環境を整え、仕組みを作り、働きたいと思える環境づくりに取り組んでいます。そうしないと人が集まらないですし、働いてる人たちも力を発揮せず、組織は沈んでいきます。

もはや、今の時代、公務員・学校の教員になりたい人は減っていて、昔のように、あぐらをかいていても人が集まるような状況ではありません。上にあげた広島市の教員不足の例が良い例です。このままいけば、ますます教員離れは進むと思います。

そのしわ寄せを受けるのが子どもたちです。ひいては日本の未来です。僕が教員をやっていて強く感じたのは子どもは大人の鏡であるということ。

先生が社会への不満、公務員であることの不満、国への不満を言っていれば、子どもたちも、国に対して希望を持たず、自然と不満を持つようになります。

明るい日本の未来のためにも教員が生き生きと働き、子どもたちがそれをみて学校生活を送ることが何より大事だと思います。