中学校教員2年間を終えての振り返りと今後の決意

2年間の教員生活を終え、明日からまた新しい道に進むので、この2年間を振り返り、今後の人生の決意を書き残してみます。数年後に見返したら、震えるほど恥ずかしい内容かもしれないけれど、いま感じていることを忘れないように書いておこうと思います。

教員をやろうと思った理由「学校と社会のギャップを埋めたい」

これが教員になりたいと思った理由でした。このギャップというのは「意志が求められない学校」と「意志が求められる社会」の違いのことです。もう少しいうと「何をすべきか?」をすべて与えてくれる学校と「何をすべきか?」を自分で考えなければならない高校卒業以降の社会の違いのことです。

高校を卒業して、自分自身が苦しんだ経験から、社会で求められる大事な「意志を持つ力」が学校で身につける機会がなかったのではないかと思い、学校教育の現場で何かしたい、もしくは「なぜなのかを確かめたい」と考えました。中学校に赴任させていただいたのですが、自分自身が子どもの頃の中学校生活は地獄のようなもので大嫌いでした。所属していた野球部は軍隊のような場所で、すべてが抑圧されていました。先生の言ったことが絶対。それからはみ出すことは許されません。いま思えば、学校が荒れていたので、先生たちは生徒を押さえつける必要があったのかもしれません。意見を言うことすら許されないような場所で、違和感を持ちながらも敷かれたレールの上を上手に歩みました。

高校では、中学校の反動で部活の先生に反発して迷惑をかけたり、文化祭で少しでも自分たちらしさを出して目立とうとしたりもしました。それが許容される自由度があったので、ちっぽけですが、高校時代に少し「与えられた枠からはみ出す」経験ができたことは「与えられた枠からはみ出しても良い」という感覚を持たせてくれたと思います。ただ、基本はやっぱり学校の中で「良い生徒」であることを必死に目指していました。文武両道している生徒が素晴らしい、そんな学校の価値観のもと、「テストで点数をとること」「部活を頑張ること」が目的になっていました。本来、「何のために勉強するのか?」それが大事なはずですが「テストで点数をとれば褒められる」のでテストという手段が目的になっていました。

中学と高校で身につけたのは「誰かの期待を察し、誰かが描いた理想とされるレールの上を上手に歩く力」だったと思います。

大学に入り、それまでの学生生活との大きなギャップに苦しみました。そのギャップは「だれもレールを敷いてくれない」「自分の頭で考えて、自分でレールを敷く必要がある」ということです。もともとやりたいことがあって大学を選んだのではなく、数学がなんとなく得意で、なんとなく経営的な勉強をしたい、そして親父もそうだから、という理由だけで、経営工学系の学科を選び入学しました。大学に入ってしまえば、また新しいレールが用意されていることに何の疑いも持っていませんでした。

しかし、高校までとは異なり、授業の出席すらも本人の意志次第、良い成績をとっても誰かに評価されるわけではない、大学卒業後の未来もよくわからない、そんな状況の中で完全に目標を見失っていました。このときに初めて、自分自身で自分の人生の目的を考える必要が出てきました。

ただ、大学一年のときは初めの頃にサークルの新歓コンパで何度も言われた「大学生は遊ぶもの」という価値観に合わせ、バイト、飲み会、サークル活動、そして高校時代までに培われた「成績は良い方が良い」という価値観で大学の勉強をしていました。一年のときは必修も多く、バイトや遊びの予定もきつきつで入れていたので、忙しく過ごしていました。それが「大学生」だと思い込み、自分と向き合うことはしませんでした。

大学二年になり、時間ができるようになると「いよいよ何のために生きているのか」わからなくなってきました。布団の中でうだうだ寝てる時間も長かった。そんなときに、たまたま学生生協で見かけた「オーストラリア短期留学」が心に引っかかりました。同じ学科の友人がアメリカにいくという話をしてたからかもしれません。それまで、日本を出たことのない自分にとっては勇気のいることだったけど、これしかないと思い、勇気を振り絞って申し込みました。いま振り返るとこの一歩が人生を変えてくれました。特に、今でも親しくしてもらっている先輩との出会いのおかげです。彼は当時大学4年生で、総合商社への就職が決まっていました。留学期間の1ヶ月を終えるころ、お茶に誘ってくれ、様々な話を聞かせてくれました。

「なぜ教育学部で学んだのか」「教育学部なのに、なぜ教員ではなく、商社なのか」「なぜ、いまオーストラリアにいるのか」「これから何がしたいのか」

自分の意志を自分の言葉で、しかも熱量込めて語る大学生に初めて出会い、自分もこうなりたい、と強く思いました。ここから「自分の人生」が動き出したと思います。アメリカの学部への留学、アメリカの大学での野球部、フィリピンでのインターン、バックパッカーでの旅、就職活動、etc 自分と向き合い、自分の意志を持って行動することが少しずつ出来るようになりました。高校までは、「文武両道が良い生徒」と、学校の価値観による正解があったけど、大学以降は自分で正解を作っていく世界です。良い悪いはなく、自分の責任で自分自身で行動を決めていかなければなりません。

大学に入ってから「あなたは何をしたいの?」と聞かれることが増え、答えることができずに何度も劣等感を覚えたけど、この質問に答えられたとき、自分の人生を生きている感覚が得られました。誰かの価値観によって敷かれたレールの上を歩んでいると、愚痴や批判が出てきてしまうことが多いと思います。でも、「自分はどうしたいのか?」を必死に考えていると、他者や環境の批判ではなく、自責で物事を捉え、自分の人生を前向きに考えられる、そう思えるようになりました。

そして、漠然とですが「海外と日本をつなぐ仕事をしたい」という想いで、新卒では通信事業者に入社。そして、具体的に希望を出したからか、運良く希望していた仕事ができるチームに配属されました。とても優秀な人たちだらけの職場で様々な出会いがありましたが、ここでも結局、生き生きと働き活躍している人たちは「自分の意志」を持っている人だと感じました。特に自分の上司が、「会社を使って自分たちがやりたいことをやっていく」という話をよくしていて、会社はあくまで手段でしかないと思うようになりました。自分も上司のようになりたいと思いながら、2年間自分なりに意志を持って働きました。スケールがあまりに大きな仕事だったので、自分の介在価値を感じられる機会は少なかったのですが、少ない人数のチームの一員として、地道なことをコツコツと積み上げて大きなことを成し遂げていくプロセスを経験できたことはとても貴重な経験になりました。

一方で、とても大きな組織だったので、自分の意志で仕事ができるようになるまで時間がかかりそうだとも感じていました。また、就活のとき感じた「いつか教員をやりたい」という想いが常に心の中にありました。前出の大学時代に出会った先輩のように、誰かの人生に「意志を持つきっかけを与えられる人間になりたい」と思っていて、それを自分が意志を持つことを押さえつけられていたと感じていた学校でやりたいとも思っていました。また「社会と学校のギャップ」は、社会人になってより強く感じるようにもなっていました。そんな想いを整理していく中で2年間の教員派遣プログラムに出会いました。「教員免許なしで教員ができること」は自分にとっての最大のメリットであり、「2年間限定だからその後のキャリアを見定められる」のも当時の自分に合っていると思い、あまり悩まずに参加することに決めました。

教員としての取り組み「自分の意志を持つ機会を作る」「多様なロールモデルに出会う機会を作る」

これらが学校で意識的に取り組んだことです。

前者に関しては、日々の授業の中に、様々な形で組み込みました。課題の選択、ペアの選択、宿題の選択、e-learningを導入しての個別学習など、できるだけ今の自分と必要なものは何かを問い、生徒の意志が反映されるようにしました。そしてそれに対してはきちんとフィードバックしました。こうしなさい、とは言わないように心掛けながら、それで本当に良いのか、は問うようにしました。本当に小さなことですが、自分の意志を持つ練習をしてもらいたいと考えていました。

後者に関しては、様々なロールモデルに出会うことが刺激になるし、そもそもの選択肢の幅を広げてくれると考え、社会人20人にビデオレターを撮ってもらって授業で流したり、外資系金融機関の方や自分が大好きな会社であるマザーハウスの方に講演に来てもらったりしました。様々な人生に触れ、自分の未来を想像する機会を子どもたちに提供したかった。

些細な取り組みで、とても「だれかの人生を変えた!」なんて言えないけど、子どもたちにとって何かのきっかけになったら本当に嬉しいなと思っています。

教員はきつかった「意志を出せない組織」「スキル不足」

想像していたよりも教員生活はきつかったです。
労働環境的にも、土日がほぼなかったことはとても厳しかった。正確に言うと、経験のないサッカー部の副顧問として、やることなくても一日中拘束だったからですが。自分が経験してきて大好きな野球だったら土日も惜しまなかったと思います。ブラック部活動が話題になっていますが、学校教員としてそのど真ん中で経験し、深刻さを痛感しました。ただ、生徒たちも顧問の先生も好きだったから、一緒にボールを蹴ったり、審判を手伝ったり、事務処理したり、草刈りなどの雑用を手伝ったり、できることは頑張りました。結果として、この積み重ねが、部員や顧問の先生との信頼関係を築けたと思えて、それは幸せのことでした。

ただ、一年目の終わりに、部活も含めて希望を聞かれたので3つくらい希望を出しましたが1つも通りませんでした。周りの先生にそのことを話すと、希望は基本は通らないからあんまり期待しない方がいいよ、と言われました。もちろん2年目だし、組織に属している以上は自分のわがままだけが通るわけはないことはわかっていたけど、ベテランの先生たちでさえ、こうしたいという意志さえ持てない組織ってどうなのかなと思いました。

これをきっかけに強く感じるようになったことは、学校の先生たちに意志は問われない、ということです。むしろ、与えられたことをこなすことを求められています。中学生時代に感じた違和感を、中学校教員として感じながら過ごさなければならなかったことが一番きつかったことかもしれません。

社会では「意志と主体性」が求められ、それが大事だし、そうある方が幸せだと思っていたのに、学校ではまた「学校の価値観やルールに徹すること」を求められます。つまり、自分が感じていた社会と学校のギャップというのは、学校の先生の社会とその他の社会のギャップなんだと思いました。子どもの社会は大人の社会の鏡なので、教室は職員室の社会を映し出しています。子どもたちが学校で与えらえる環境と、公立の学校の先生たちが与えられる労働環境が酷似しています。先生たちが働く社会の価値観で、子どもたちの社会は作られている。学校教員という社会は、社会全体のほんの一部に過ぎないのにも関わらず、です。

 

例えば、

  • 子どもたちが暗記中心の学力で評価されるのと同じように、教員採用試験は暗記中心のテストで合否が決まる。一方で、会社の採用試験では自分の意見を言う力が求められる。
  • 子どもたちがみんなと同じであることを求められるのと同じように、先生たちも足並みを揃えることを求められる。一方で、会社では自分らしい価値を出せと言われる。
  • 子どもたちがリスクをとって失敗することを許されないように、学校の先生たちも保守的であることが求められる。一方で、会社では適切にリスクをとって挑戦することが求められる。
  • 子どもたちが運動会や部活でやたらと形式に当てはめられるように、学校の先生たちも目的よりも体裁を重要視した行事の実施が求められるし、体裁重視の研修を受けさせられる。一方で、会社では、目的を問われ、形骸化したものは廃止することを求められる。
  • 子どもたちが「何をやりたいか」より「どうやりたいか」ばかり求められるように、学校の先生たちも「なにをやるか」よりも毎年同じ行事を「どうやるか」が求められる。一方で、会社では「何をやりたいか、やるべきか」から考えることが求められる。
  • 子どもたちが「全ての授業でわかってようがわかってまいが、教室から一歩も出ずに黙って座っていること」が求められるように、学校の先生たちも「自分に関係あろうがなかろうが、職員会議は黙ってそこに座っていること」が求められる。一方で、会社では「無駄な会議には出ずに、自分の価値を発揮すること」を求められる。
  • 子どもたちが鉛筆と消しゴムで一斉授業を受けるように、教員も職員会議は全員着席でだれかが資料の読み上げるのを聞いている。そしてワードソフトは一太郎。一方で、会社ではslackchatworkに新しいツールに適応すること、もしくは見つけ出して仕事を改善することが求められる。
  • 子どもたちが集会や式典で定型文を読まされるように、学校の先生たちも会議で書類を読み上げることが求められる。一方で、会社では事前に書類を読んだ上でどうすべきかの意見が求められる。

自分自身が知っている学校も社会も一部でしかないので、正しいかどうかはわからないけど、少なくとも、もう少し先生も生徒も一人一人の「意志」が問われ、活きるような場所にすべきだと感じていました。

 

その中でも、学校外部の方を招いての講演会やe-learningなどのICTツールの導入など、「自分の意志」を受け入れてくれた校長先生や学年の先生方には感謝しかありません。

 

また、教員という特殊スキルが求められる仕事の中で自分のスキルが低いために、きついこともたくさんありました。周りの先生に迷惑もかけました。伝えたいことが全然伝わらない苦しさもありました。でも、これは教員になった以上、やり続けるしかないことだと思います。そんなときに周りの先生たちの、生徒とうまく関係を築き、生徒を伸ばしている姿を見て本当にすごいと感じました。学校の先生たちは、外から批判されがちだけど、高いスキルと小さな積み重ねで、子どもたちと地道に向き合い、心を育てていると思いました。先生たちはすごいし、感謝すべき人たちです。

それでも教員をやって本当によかった「伝わった喜び・繋がれた幸せ」

修了式の日に、離任式、お別れ会とやってもらい、生徒からのメッセージを聞き、歌を歌ってもらい、たくさんの餞別をもらって大号泣しました。生徒の保護者に家に招いてもらったりもしました。同僚の先生たちには盛大な送別会を開いていただきました。

たった2年なのに、情けないことに、何度も教員を辞めたいと思いました。日常では特別フィードバックはないので、自分がやっていることに意味あるのか?と悶々とすることも多々ありました。ものやサービスを介さない純粋な人と人のコミュニケーションのぶつかり合いで成り立つ学校現場だからこそ、相手に響いてないんじゃないか?相手のためになってないんじゃないか?相手にとって自分の価値がないんじゃないか?と真正面から悩むことも多かったです。

でも、最後の一週間で、本当にやってよかったと心の底から思うことができました。最後まで頑張って本当によかった。子どもたち、保護者、同僚の先生方からいただいた言葉の数々が宝物になりました。一生忘れません。特に、最後に生徒がかけてくれた言葉や手紙からは、自分が伝えたかったことを少しでも理解してくれようとしていた生徒たちの心の温かさ、そして彼らと繋がれていたと思えた幸せは何にも変えがたいものでした。

大変だったけど、教員やってよかった。いまは本当にそう思います。

これからやりたいこと「意志を持てるきっかけをつくりたい」「人が意志を持って活躍できる組織をつくりたい」

何かをやりたいという意志を持てたとき、日々の生活が前向きになり、わくわく生き生きと生きられると思っています。同時に、その意志を実現するために、自分の能力を高めることや手段を学ぶ必要もあります。自分の場合、オーストラリアの語学学校で英語を学んでいたときに、前出の先輩との出会いがあり、自分の意志に出会うことができました。結果として英語力を高め、学部に留学してアメリカで学ぶ経験をすることができました。こんな経験のできる場所をつくりたい。友人でも、プログラミングスクールに通い、新たな道を見つけて羽ばたいている人もいます。手段は、英語なのか、プログラミングなのか、ビジネスなのか、多様にあると思いますが、学びを通して、多様な人々と出会い、自分の意志を発見し、実現に向けて踏み出せる場所を作りたいです。

また、学校教員を経験して、人が意志を持って生きられるかどうかは組織の構造とリーダーのあり方にも大きく依存すると思いました。例えば、学級でも、担任の先生がどのようなリーダーシップをとるかで生徒の様子は変わります。同じ生徒なのに、担任の先生が変われば大きく変わります。担任の先生の色がとてもよくでます。学校単位でも同じで、先生たちがのびのび活躍している学校と窮屈そうに働いている学校があり、これは校長先生のあり方に影響を受けています。また、リーダーのあり方やその下にいる人たちに与えられる環境は、組織の構造や文化に強く影響を受けてもいます。人が活きる組織は、人を活かす組織の仕組みを常に意識していて、さらにリーダーが人を活かすことを意識しているように思います。

ビジネス2年、教員2年を経験し、今後自分が目指したい方向性も見えてきました。そして幸いにも、これらのやりたいことや興味を満たす会社に内定をいただくことができました。明日から新天地でまた一からがんばります。

教員生活の学びを今後の人生にどう生かすのか。「相手のために小さな積み重ねをできる人になりたい」「Warm Hert Cool Headでありたい」「人を受け入れ、自分らしくありたい」

子どもたちとも同僚の先生たちとも、ものやサービスを介さない、利害関係のない、直接的な人間関係の中で「人と人との信頼関係は本当に小さなことの積み重ねでしかないこと」このとても大切なことを学ばせてもらいました。言葉にしてしまうとあまりに当たり前だけれど。例えば、子どもたちとは、毎日膝をついて一緒に掃除をして、挨拶や言葉を交わして、正しいことをきちんと伝えて、少しずつ少しずつ信頼関係ができていきました。この信頼関係がないと、どんなに正しいことを言っても、意味のあることをしても、相手には伝わらないし、響きません。この信頼関係ができると、生徒が先生を助けてくれるようになり、一方的に知識を与える対象から、共に学ぶ存在へと変わっていきます。

また、同僚の先生との関係も同じです。自分が得意なことを生かしたり、相手のことを考えて行動できたか、またどれだけ一緒に時間を共有したか、小さな積み重ねによって信頼関係が少しずつ少しずつ深まっていきました。そして、この信頼関係によって、できたことも増えたし、また何より純粋に幸せを感じることができました。

自分が与えたよりも、はるかにたくさんのことを与えてくれた同僚の先生や生徒が気づかせてくれました。いつも気にかけてくれていた同僚の先生は「人情を大切にしよう」と教えてくれました。

どうしても、日常に変えると目の前のことに追われ、余裕がなくなり、自分のことで精一杯になる。今までだって、節目節目でもっと人のために行動できる人間になりたいと思ってきたけど、全然できていません。

「人情を大切にしよう」

相手のことを想像し、人のためになれる人間になりたい。学校教員を経験して強く感じさせてもらったこの想いを忘れないように持ち続けたいです。

 

また、受け売りの言葉であるけど「Warm Heart Cool Head」を胸に自分自身を高めていかなければならないと思っています。

学校で授業をやっていく中で嫌という程、痛感しました。想いが強くて、どれだけ語っても、中身が伴わなければ人はついてこない。逆に、戦略がきちんとしていても、想いがなければなんとなく乗り切らない。そして、熱い想いと冷静な戦略が両立したとき、初めて人がついてくる。

生徒の様子が自分にとっての最大のフィードバックであり、このことを強く学ばせてくれました。

 

最後に「人を受け入れ、自分らしくありたい」という想いが強まりました。子どもたちと接する中で、人の多様性を強く感じました。クラス単位とかでみてしまうと、クラスの雰囲気でジャッジしてしまいがちだけど、一人一人と話しをすると、全然違います。ひとりひとりに良さがある。その子の裏にある背景が全然違う。想いがある。

これは大人も子どもも同じだけど、学校にいると、組織にいると、「こうあるべき像」みたいなものによって、自分を押し殺してしまうことが多いと思う。自分も同じです。多様な人の立場を想像し、そして、どこにいっても自分らしくいられる人間でありたい。いつか自分がリーダーになれたとき、自分が自分らしく良さを発揮し、多様なメンバーがその人らしく良さを出せるようになりたいです。

最後に

大学を卒業して早4年。振り返ってみると与えてもらってばかりでした。自分の意志を持って生きたい、この想いだけで行動してきたけれど、いく先々では結局、自分一人で出来ることは少なく、助けてもらってばかりでした。この感謝を胸に、明日から一生懸命頑張ります。